その村には、とても高い山があったそうだ。
晴れた日にしか、決して頂上を見ることができず、上には白く雪が積もっている。
未だにてっぺんまでたどり着いたものはいないらしく、1番最初に、山の頂上からの景色を見ることができたものには、どんな願いもひとつだけかなえることができると、いつしか信じられるようになった。
そういうわけで、村の男たちは、我先にとその山の頂上を目指した。志を持った男たちは、次々と山に登る。あるものは、この世で1番美しい娘を嫁にするといい、あるものは、大金、あるものは、不老不死を願った。これまで、数多くの男たちが山に臨んだが、しかし、てっぺんを見ることができたと言って帰ってくるものはひとりもなかったのだった。
そんな時、ひとりの男が腰を上げた。
その男は、村で1番に力が強く、勇気があり、皆に好かれていた。彼なら必ず成し遂げてくれるに違いないと、村の皆は後押ししていたのだが、肝心の彼は、これまで、「願いなどありませぬ」といい、山へ近付くことはなかったのだった。
しかし、ある日、村の子供にこう言われたのだ。
「山に登って、みんなの願いをかなえてきてよ」
男は、「それなら自分が行くしかない」と、頂上を目指すことを村の皆に約束したのだった。
男は、村の皆が用意してくれた食料と夜具をもって、山に登った。
それは簡単な道ではなかったが、屈強な身体を持った男はずいずいと進んでいく。
長い時間をかけて、男はとうとう、山の頂上にたどり着いたのだった。
絶景を見渡し、男は胡坐をかいた。
「さあ。願いをかなえるというのなら、神でも悪魔でもさっさとでてこい」
そう思うと、突然大きな地鳴りがして、山が揺れ始めた。
それはこれまで経験したことがないほどで、男は、振り落とされないよう、必死に岩にしがみついた。
揺れがやみ、男が目をあけると、そこは、村が点になってしまいそうな、はるか上空であった。
「いったいどういうことなんだ」
驚いて良く見てみると、なんと、山が伸びていた。
いや、伸びているのではない。これは、”岩の巨人”だ。
岩の巨人は、人間と同じような身体と顔を持っていた。しかし、ただの巨人と形容するにはあまりにも惜しい。男がのっている山の部分はもちろん顔、そのほかの部分はこれまで地中に埋まっていたらしく、すべて土や岩でできていた。山に生えている草木など、ほんの一部だ。
男は自分の目を疑ったが、信じるしかなかった。
岩でできた巨大なモンスターが、立ち上がり、地上を見下ろしているのだ。
「岩の巨人よ!お前が願いをかなえてくれるのか!」男は叫んだ。
岩の巨人は、のっそりと手を動かした。すると、男は2本の指でつまみ上げられ―――男にとってはものすごいスピードで、一瞬何が起きたかわからなかったが―――ちょこんと地上に降ろされてしまった。
しばらく放心していると、ふいに、岩の巨人が横になる。
地響きがして、ものすごい土ぼこりが舞いあがったかと思うと、岩の巨人はそのまま動かなくなってしまった。
見ると、おやじのように、片腕を枕にしてねむっているではないか。
どうすることもできず、男はひとまず村へ帰ることにした。願いがかなわなかったが、村人たちは男を称賛した。しかし、あれほど不思議な岩の巨人がいたというのに、なにも起こらないことが何処にあるものかと、男にはどうしても納得できなかったのだった。
やがて、男や、男の孫たちも死に、その次の孫や、次の次の孫も死んだ。
長い年月がたち、岩の巨人のことを知るものはひとりもいなくなった。
ねむりつづけた岩の巨人は、やがて「山脈」と呼ばれるようになり、いまでも堂々とたたずんでいる。
そして、村の男たちは、再び山頂を目指すのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ピックアップ
0 件のコメント:
コメントを投稿